最優秀賞3作品-②

いつかオレンジ色の風が吹く
                   ねこぜ。


 今、これを読んでいるあなたがどれだけ辛いか。私も助けを求めてインターネットの世界でいじめについてよく調べていたからよく分かる。

 その日は、本当にいつも通りだった。いつも通りご飯を食べて、いつも通り学校に行って。

 でも、もう限界だった。

 いつも通り無視されて、いつも通り悪口を言われて。私の心は確実にすり減っていった。

 最初、私はこれがいじめだと気がつかなかった。いじめは、ドラマや漫画の世界の出来事で、自分には一生縁がない行為だと思っていたから。まわりの大人ももう中学生だから、とそんなことに付き合っていなかった。
 
 クラスメイトからのちょっとした嫌がらせ。人間合う合わないはあるし、気にしないのが一番だっていうのは分かっていた。「やめてよ」って言いながら少しだけ笑っていた。笑っていないと心がおかしくなりそうだったから。でも、他人から向けられた憎悪に耐えきれなかった。

 だから、自分を守ろうと思った。そう、これは自分を守るため。逃げるわけじゃない。引き出しの奥に閉まっていたロープを取り出してきて、見よう見まねで結んだ。そして、遺書を書いた。自分が大切にしている人たちを悲しませちゃいけないと思って、遺書には「前向きな決断」と記した。最後に署名をして、もう自分の名前を書くのも最後か…としみじみした。
ロープに首をかけた。

 母に「ごめん」とだけLINEして、スマホは遠くへ投げた。
 
 清々しい気持ちだった。やっと自分を取り巻くすべてのことから解放されると思うと嬉しかった。

 涙は止まらなかったけれど、後悔なんてものはなかった。

 首に全体重を任せて、私は楽になった。

 玄関のチェーンロックが破壊される音で目が覚めた。咄嗟に「たすけて」と言ってみたけれど、声にはならなかった。すぐに首からロープが外されて、床に横たえられた。

 本当は死にたくなかったのか。このとき初めて気づいた。

 『自殺』自分の人生を自分で終わらせる。今が辛くて、苦しくて、どうしようもない。そんなときは、素晴らしい手段に見えてしまうと思う。
 
 私もそうだった。やっと楽になれる。もうこんな思いをしなくて済む。だから自分の人生を自分で終わらせてしまう。そう思った。

でも、今生きている。あのとき死ななくてよかった。生きていてよかった。本気でそう思う。綺麗事なんかじゃない。

そんな自分から、あなたに伝えたい。

もう一度自分に問いかけてほしい。

 死んでしまったら何もできない。かけがえのない命を失ってしまった、自分がやりたいこともできない。こうして、いじめの経験を誰かに伝えることも、いじめっ子を見返すことも、好きなことで充実した人生を送ることも。

 いじめられると、自分なんて不必要な存在、どうでもいいと思ってしまうことがある。でも、そんなことは絶対にない。

「あなたがいてくれたから、救われた人がいる。あなたがいてくれるから、救われる人がいる」

 私を暗闇から救い出してくれた人はそう言った。

 「私はあなたに救われた一人。世界があなたを否定しても、私はあなたを大切に想い続ける。一人じゃない。だから生きて」と続けた。

 あなたが誰かを想う瞬間があるように、あなたも誰かに想われている。人は絶対に誰かに必要とされている生き物。人間は一人では生きていけないから。自分はいらない存在、なんて想わないで。今日の景色の向こうであなたを必要としている必ずいる。

 一つだけ。たった一つお願いがあります。どうか、あと一日、一日と死ぬ日を伸ばしていってください。

「自分の辛さなんて知らないくせに」

 そう想われても納得できるし、そう言われたっていい。

 でも、生きてほしい。どんな姿でもいい。休んでもいい。サボってもいい。隠れてもいいし、叫んでもいい。怒ってもいいし、抵抗したっていい。ゴロゴロするのでもいいし、部屋に閉じこもるのでもいい。
 
 どんな姿でもいいから、ただ生きてほしい。

  いつか笑って明日を迎えられる日のために命を取っておいてくれませんか。

 今あなたは、家と学校がすべてのように思えるかもしれない。でも、決してそんなことはない。家出したって、不登校になったっていい。無理して行く必要なんかどこにもない。故意に人の心を傷つける卑劣な連中がいるような場所、行かなくていい。あなたを、あなたの命を蔑み、苦しませ、尊厳を踏みにじるような連中のせいで、自分を犠牲にするなんて私が許さない。

 自分で自分の終わりを選ぶべきじゃない。絶対にそうすべきじゃない。だって、生きていれば変わるから。変わらないなんてしらけないで。変わる時が絶対に来るから。だから、どうか自分の人生を人生で終わらせようとしないで。
 
  泣いてもいい。涙で洗い流せるならそれでもいいじゃないか。泣いたら負けなんてルールは誰にもない。そんなものはどこにもない。そもそもあなたは負けてなんかいない。
 
 ため息をもう一度吸って深呼吸に変えちゃおうぜ。そうしたらマイペースで自分なりの一歩を踏み出して、風が運ぶ新しい明日を見つけに行こう。いつかオレンジ色の風が吹く。

もう少し一緒に生きませんか?この世界を。笑って明日を迎える日まで。世界が変わるときまで。

私は、ただあなたに生きてほしい。



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